カテゴリ:スピリチュアルの学び-2015-( 25 )

今回はミディアムワークです。
前半のサイキックの練習は、封筒を手渡され、なにか言うというものでした。

このような時、渡された瞬間に感じたものが良いと言われます。が、そうでないこともあり、迷ったりします。

封筒を渡されて、最初に黄色のお花畑、菜の花畑...そんなことを感じました。
縦長で封筒を手にして何か?感じたものは?

右半分は黄色、左はカーブの線があり、青。右はお花畑(黄色)真ん中に道、左のカーブをもった青は海?青いから海かなぁ!

こんな感じに思えました。

a0334855_08301981.jpg
さて、正解は
菜の花畑と背景は山と空でした。海と思ったのは青い空でした。見るには、縦でなく横で見ました。


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by kumatoguanaco | 2016-04-22 08:08 | スピリチュアルの学び-2015- | Comments(0)

この回はちょっと間が経ってしまったため、おぼろげな記憶です。
ミディアム実習もおぼろげでした。

◎●のような感じ!だけです。
年齢、住んでいるところ、あまりはっきりしません。子供の数を先生に聞かれ、全く手ごたえがなく、本当に、でまかせを言ったらはずれでした。

難しかったです。しかし、収穫として、
-出まかせのような気がするとでまかせは違う。-

とても微妙でかすかな感覚なのです。一般凡人にとって霊から受け取る内容は勝手に自分で思いついたような自分で創りだしているような淡いかすかなものです。ですから、体感、感覚などがないと雲をつかむようで自信がありません。
いつも頭に浮かんだイメージを言っているのですが、なかなかはっしと実感がつかめるような簡単なものではありません。そのようなものと思って湧いてきたイメージをそれでも勇気を振り絞り言ってみる!→すると →ちゃんとやれている。
そんなことの繰り返しですが、イメージがはっきりしない。弱いというのはミディアムシップの難しさの大半を占めるものではないでしょうか?
または、なかなかイメージもなにもわいてこない、困る。→先生のアドバイスでなんとか、波に乗る...そんなこともありますが、今回、子供について聞かれたとき、何もわきませんでした。

全く、困りました。

そこで、いい加減な私は、なんと!
まぁ、いいわ。と本当にテキトーに子供について答えました。そうしたら、×...

なんとなく、このでたらめな自分の解答をしたことで思いつきと自分でテキトーに考えたものの差がちょっとだけ見えたような気がします。
でたらめは、ちょっとだけの間があり、その間に考えている。イメージはなし。ふと浮かぶのではなく、考えている。イメージはかすかだが自然に思い出すような...そんな差があるような気がします。

何も出てこない。聞いても答えない=この方は子供さんはいらっしゃいませんでした。
ない、なにもない、ということを見えてないのではなく、教えてくれていたのかもしれません。

もう少し、おぼろげなる感覚を信用してもいいのでは?ということを感じています。


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by kumatoguanaco | 2016-04-19 10:27 | スピリチュアルの学び-2015- | Comments(0)

ミディアムの実習をするからには、ただ参加するだけではダメです。とはいってもこれは私の場合で、徐々に体に染みつくように感覚としてわかってくる方もいるかもしれません。
しかし...私はそのようにはいきません。

記録 が大事なのです。

どうだったか?

ミディアム実習の感覚はあいまいな思い過ごしのような感覚が多く、それを書きとめておかないと次に進む推進力がなくなるような気がします。
今回の実習で出てこられた-霊-はお年寄り、だったか、ちょっと歳の人です。
よく思うのですが、お年寄だと頭の中や、思いつきのような感覚で自分で勝手に思いついたのでは?と、初めから-本当かな-という疑いがついて回ります。お年寄りは―霊-としてはポピュラーな感じなので、間違いたくないという自分の邪念が勝手に創作したのか?という思いがついてまわるのです。

若くして亡くなった霊でしたら、思いつきや思い込みではそうそう出てこないので意外と自分の霊との交信に肯定感を持ちやすいのですが、-年配の人、おばあさん-となると未熟者ゆえの、疑いが湧いてくるのです。

む...難しい。

霊の姿かたちは、そうはっきりしません。
どうもおばあさんのような感じ。姿も顔もはっきりとせず、灰色の影絵のようで、でも年配の女の人...この感覚はどこから出てくるのか、頭で創作しているのか本当にわかりません。

先生が、-お顔は-とか質問してくれて、なんとかわからない霧の中を抜けて出たのですが、

最後に、布地のことが気になって仕方がありませんでした。
あれは、なんだったか?絹?と思ったのですが、どうも違う...弓浜絣?備後絣では?木綿の絣では?
昔読んだ小説の木綿の絣のことを思い出しました。これはなにか意味があったのか?わかりません。

ミディアム実習でのお相手の霊のなにかが出てきたのでは?と思います。訳はわかりませんが、この感覚は本当だろうと感じています。

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by kumatoguanaco | 2016-03-10 20:43 | スピリチュアルの学び-2015- | Comments(0)

なぜ、今頃、急に彼女が出てきたのか?

うかつにもクラスで実習中は気づかなかったのです。しかし...クラスが終わってすぐにわかりました。
クラスは神戸であったので、ついでに翌日私は神戸でしかお目にかかれないある鳥を見学に行く予定だったのです。

ある鳥とは
ブラジルの鳥、オオハシ、そしてきれいなインコでした...ついでにブラジルの猿も見る予定だったのです。
私は工芸をやっており、その次回制作にオオハシとアマゾン、アマゾンの蝶、そして猿を入れた作品を作るため、どうしても生のブラジルの生き物が見たかったのです。

オオハシを見たい!そうだ。神戸に行けばオオハシのいる動物園があるから、行ってみよう!地元の友人も一緒に行ってくれるということで今回、行くことにし、実際に見ることができたのです。

私は気づきました。

あの時...異国で友が亡くなったときに、私はオオハシとオウムと猿を見に行く予定が、彼女の事故、逝去により行けなくなり、×となったこと。それだろう!と気づいたのです。
あの時事故がなく農場、まわりのジャングルに行っていれば、すでに見ていたし、写真も撮ってきたであろう...工芸の題材として日本でどこかに行かなくても済んだところが、ようやく何十年かぶりにブラジルの生き物たちを見に行けるということで、霊界の友も何かを思い、出てきたのではないでしょうか?

霊界の友もなにか、心に引っかかっていて、私の動物園行きでミディアムシップの場に登場してきたのだと思います。

オオハシ、その他の生き物は今の私に十分すぎる、工芸の資料となってくれました。

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by kumatoguanaco | 2016-03-06 18:09 | スピリチュアルの学び-2015- | Comments(0)

他のペアの練習をおしのけて出てきてくれた友人...その人は他人を押しのけてまで自分がしゃしゃり出るような人ではありません。
しかし、でできたのにはわけがありました。

訳...

昔、私たちは南米のある国で、それぞれが赴任先に赴きました。彼女と私は同じ国で働くことになりました。同じ国といっても電車、地下鉄、バスを乗り継ぎ2時間をかけ行くのです。右も左もわからない異国の地で私と友人は2時間の距離、しかも電話もない、連絡も超能力しかない。(それが意外と感はよく、連絡なしでもうまく会えることが多かったのですが。)
職業は違っても慣れない異国の生活、お互いに会うことで、元気をもらいやっていたのです。しかし、遠いあの国で一年、二年目の冬を迎えたころ、友人は突然逝ってしまいました。

あの時の驚き、喪失感...深い霧が垂れ込めた冬の朝の寒さ。寒いのかさみしいのか悲しいのか?とにかく寒さだけはきつく感じたのを覚えています。仲間たちも驚きと悲しみで呆然としていました。
私はその時、中国人の友人と旅行の計画をしていました。

ブラジルにいる知人の農場に遊びに行く予定を立てていたのです。
知人の農場、そして付近の深い森には、猿がおびただしくいるし、あのブラジルのきれいな鳥、オオハシ、オウムなんかもいっぱいいて、動物、鳥の天国みたいだというのです。私と中国人の友人は猿やきれいな鳥を生で見れると聞き、はるばるブラジルまで旅行に行く準備万端でした。

しかし、思いもかけず、ほんの2.3日前ぐらいでしたか?友人が事故に会い、亡くなってしまったのです。外地で亡くなるということは本当に大変なことです。遺族の受け入れ、お葬式、なにやかや...やることもいっぱいで、ブラジルのジャングルどころではなくなってしまいました。

そのときは友人の死で忙しく、ジャングルの猿も鳥もそれどころでなく、何の未練もなくあきらめたのですが...

つづく

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by kumatoguanaco | 2016-03-04 20:53 | スピリチュアルの学び-2015- | Comments(0)

このごろご無沙汰だったミディアムクラス...久々に行ってみました。

今回は、ミディアムクラスで何かを学ぼうというより、なにか自分の関連の霊からアドバイスが得られたらよいなぁと思っていました。しかし、自分にこのクラスに参加することで得るものが-大-であるようにと、あれもこれもと相変わらずの欲の皮のツッパリぶりです。

クラスの瞑想に入ると誘導が...いつもと様変わり。なんと、足の先から順番にふくらはぎや膝、ふとももを意識してだんだんと赤いプラーナだったか?エネルギーを通していくといったものです。

これは!おぉぉぉぉ
これがなにかあるのか?そうそう足先から意識を集中するということに驚くこともなかろう!とみなさんは思われると思います。

しかし。私にはこれがどんぴしゃ!実はある瞑想にチャレンジしかけていて、それが足先、足裏と段階をふんで下半身を意識し、下からエネルギーを登らせていくというものなのです。寝ながらやりかけていつもうまくいかないという状態なのですが、今回の瞑想でいままで不十分にやっていたことをはっきりと意識してやれることができたとは、シンクロというかどんぴしゃというか、あたりでした。

そしてミディアムの一対一の練習では、今回に合わせて出てきた-霊-がいました。この霊についてクラスではそれほどいう時間もなかったのですが、あとから考えるとまさに私の今回の神戸訪問の目的をわかっていて出てきたとしか言いようがないのです。

クラスでは練習で、二人ずつお互いにミティアム、シッターに分かれて行い、他の人はギャラリーで後ろに座り見ています。
今回は私は最後の組で、二番目のペアさんが始めていたところを漫然と見ていました。

-霊-からの情報をミディアムさんが言います。
-これこれこんな人で年齢はこうで...仕事は事務職で。-
ん? 事務職?おまけに死因はそうめったにない◎●。歳はx0代くらい?
なーんか珍しいわ。年代が少し違うだけで、●△さんによく似てるわ!
しかしもこんな珍しい感じ、このペアのシッターさん、だれか身内にいるのかな?なんてぼけっとしつつも考えていたところ、
シッターさんにはどうも心当たりがないとのことです。

そこで、急に先生がギャラリーに向け、-どなたか当てはまる方-いませんかと聞くではありませんか!
えっ!◎△さんに似ているけど...歳がちょっと違うし、だいたいギャラリーにふられるなんて、ちょっとねぇ。なんて思いつつも


-歳がちょっと違いますが、あとは同じ人を知っていますが-

先生の質問に答えるうち、どうやらこの方(霊)は私の知り合い(友達)だというのです。なーんかね、ギャラリーだったはずなのに、シッターに割り込むなんて申し訳ないような、まずいような気がしますが、久しぶりにあのひとが会いに来てくれたということが思いもかけないことだし、でも嬉しく、友の言葉を聞くこととしました。
友は-瞬間瞬間を楽しむこと-と言ってくれ、このようなスピリチュアルな勉強にも興味を抱いているとのことでした。

あれから何年経ったでしょう。一度この友は出てきてくれたことがありますが、一度きりでもう出てこないだろうと思っていました。思いもかけず、他のペアの練習で、他の霊を押しのけ出てくれるとは!それほどずうずうしくも、あつかましくもない人だったのに、どうしてだろうと、軽くその時は思っただけでしたが、わかりました。

つづく



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by kumatoguanaco | 2016-03-02 23:40 | スピリチュアルの学び-2015- | Comments(0)

2/17のアクアワークでは瞑想で海が出てきました。
海と言えばこのごろ寝入りばなでも出てくるのです。

ざぁーと広がる海岸線、その波打ち際にフォーカスしていくと、非常にリアルな波の下に透けて見える海岸の小石、砂...あまりにもはっきりとした映像です。で、なにか意味があるかといえばなにもあるわけでもない、と思っていたのですが、
アクア講師によるとこの海はあの世とこの世、三次元と高次元の間をつなぐ架け橋のようなものでは?とのことです。

あぁ...それでわかりました。瞑想のはじめ、または寝入りばな...意識が通常から多次元へとつながるとき、海がでてくるのでしょう。

瞑想で、あの世とこの世、高次元と三次元
その海をわたるのです。


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by kumatoguanaco | 2016-02-22 16:41 | スピリチュアルの学び-2015- | Comments(0)

名古屋アクアワークが終了しました。
今回は-生きがい-ということでした。

普段は生きがいもくそもなく、漫然と生きいてます。そこで、あなたの生きがい?人生は?といわれると、-ハテ?-と考え込んでしまいます。全く気楽な凡人はいけません。そうそう大志もなく、なにを考えているかといえば明日のおかずとか、バイト先で老人に臭い屁をかけられませんようにとか...全く俗人そのものです。

ワークで
人生は?今までの人生についてどう思うか?などと最後に書く時間があり、
いい人生だったと思うと書きましたが、あとふと思い出したことがあります。

いい人生だったと思う、が、スリリングで大きな危険もあったわ!それもわざと危険と知りながらその中に足を踏み入れるような大馬鹿なことを何度もやっていたと思い出しました。
賢明でなくても普通なら絶対にしないような危険に自ら踏み込むようなことがあっても、なんとかやってきて、無事にいま生きているということはよく考えたら奇跡に近いかもしれません。

-今までそう感じてなかったけれど、ガイドの助けが結構あったのでは?-私の自分の人生を振り返っての感想です。



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by kumatoguanaco | 2016-02-19 20:45 | スピリチュアルの学び-2015- | Comments(0)

ミディアムシップのワークでも最初にやるのはサイキックです。サイキックとは各人の超能力、第六感のようなもので、ミディアムのようにガイドの橋渡しと協力がないとできないものではありません。

私は今回はガイドや高次の存在、先祖霊にミディアム、サイキックにかかわらず確かな感覚を示してください ということをお願いしました。視覚、聴覚、直観、感情、知覚どれでもよいので是非はっきりと分かる形で しるし、その他を受け取りたいと願っていたのです。

そうしたところ まず、中に何が入っているかわからない封筒を渡され何の絵、写真なのかあてるというサイキックの実習で
まず視覚的に頭に浮かんだのが縦長に持って真ん中に白い海岸線、少し曲線を描いている海岸線。海岸は白く、波打ち際、海の沖の方は青...緑がかった青だったかな?そんな写真が頭に浮かびました。

開けてみたら?

その通り...でした。

霊界、見えない世界は先にこちらから注文しておくとガイドのかかわりありなしにかかわらず、自分の意思でよりはっきりと見たいものが見えるのだろうと思わされました。見えない世界は凡人でも意志を持ってやれば相当までいけるものと確信しております。

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by kumatoguanaco | 2015-12-18 15:02 | スピリチュアルの学び-2015- | Comments(0)

今回は霊視を受ける方、シッターとして霊界の父母にでてきてくれるよう、頼んでいました。すると...!
やはりでてきてくれました。

詳しくはこちら

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by kumatoguanaco | 2015-12-17 19:58 | スピリチュアルの学び-2015- | Comments(0)