2016 芦屋ミディアムワーク3回目

この回はちょっと間が経ってしまったため、おぼろげな記憶です。
ミディアム実習もおぼろげでした。

◎●のような感じ!だけです。
年齢、住んでいるところ、あまりはっきりしません。子供の数を先生に聞かれ、全く手ごたえがなく、本当に、でまかせを言ったらはずれでした。

難しかったです。しかし、収穫として、
-出まかせのような気がするとでまかせは違う。-

とても微妙でかすかな感覚なのです。一般凡人にとって霊から受け取る内容は勝手に自分で思いついたような自分で創りだしているような淡いかすかなものです。ですから、体感、感覚などがないと雲をつかむようで自信がありません。
いつも頭に浮かんだイメージを言っているのですが、なかなかはっしと実感がつかめるような簡単なものではありません。そのようなものと思って湧いてきたイメージをそれでも勇気を振り絞り言ってみる!→すると →ちゃんとやれている。
そんなことの繰り返しですが、イメージがはっきりしない。弱いというのはミディアムシップの難しさの大半を占めるものではないでしょうか?
または、なかなかイメージもなにもわいてこない、困る。→先生のアドバイスでなんとか、波に乗る...そんなこともありますが、今回、子供について聞かれたとき、何もわきませんでした。

全く、困りました。

そこで、いい加減な私は、なんと!
まぁ、いいわ。と本当にテキトーに子供について答えました。そうしたら、×...

なんとなく、このでたらめな自分の解答をしたことで思いつきと自分でテキトーに考えたものの差がちょっとだけ見えたような気がします。
でたらめは、ちょっとだけの間があり、その間に考えている。イメージはなし。ふと浮かぶのではなく、考えている。イメージはかすかだが自然に思い出すような...そんな差があるような気がします。

何も出てこない。聞いても答えない=この方は子供さんはいらっしゃいませんでした。
ない、なにもない、ということを見えてないのではなく、教えてくれていたのかもしれません。

もう少し、おぼろげなる感覚を信用してもいいのでは?ということを感じています。


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by kumatoguanaco | 2016-04-19 10:27 | スピリチュアルの学び-2015- | Comments(0)  

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